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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4013号 判決 1957年12月18日

原告 飯野寿栄 外四名

被告 太平洋海運株式会社 外二名

主文

被告等は、各自原告寿栄に対し金百六十万円、原告貫敏、同雅康、同宜子及び同喜正の四名に対し各金六十万円宛並びに右各金員に対する昭和三十年六月十二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は、被告等の連帯負担とする。

この判決は、原告寿栄において金四十万円、その余の原告等において各金十五万円宛の担保を供するときは、それぞれ仮りに執行することができる。

事  実<省略>

理由

一  被告太平洋海運が海上運送を、被告林兼造船が造船業を、被告品海自動車が乗用自動車による陸上旅客運送をそれぞれ目的とする会社であること並びに昭和三十年二月一日午前八時過頃本件交叉点において、被告林兼造船従業員菊池進の操縦する同会社所有の自動車ビユイツクと被告品海自動従業員大塚芳治の操縦する同会社所有の自動車ルノーとが衝突し、自動車ルノーの乗客飯野治助が、原告主張のような重傷を負い、翌二日午前零時四十五分頃事故現場附近の山田外科病院において死亡するに至つたことは、当事者間に争いがない。

二  原告等は、本件事故は、菊池及び大塚の過失のほか、本件事故発生直前菊池の操縦する自動車のすぐ前方を突然右折して本件交叉点に進入した被告太平洋海運所有の自動車プリムスの運転者結城清三の過失により発生したものである旨主張するので以下右の主張の当否について判断する。

1  成立に争いのない甲第十一ないし第十七号証、証人岩瀬義雄同結城清三、同東海林勤、同菊池進、同佐藤節子、同大塚芳治の各証言(甲第十三号証、同第十七号証の各供述記載並びに証人結城清三、同東海林勤、同菊池進の各証言中後記措信し難い部分を除く。)及び検証の結果を綜合すれば、

(一)  本件事故発生の現場は、墨田区横綱町八番地先本所郵便局の正面やや北寄りにあたり、都電柳島停留所方面と同月島通八丁目停留所方面とを結ぶ幅員約十六米の電車通りと、一方省線両国駅他方錦糸町公園へ通ずる幅員約六米の道路とがほぼ直角に交叉する地点であつて、同所には信号設備もなく、また、右電車通り及びこれと交叉する道路はいずれもアスフアルトで舖装され、右電車通りは、石原町一丁目交叉点附近から本件交叉点を通り東両国緑町停留所方面に向う直線コースで南北の見透しは良好であつたこと。

(二)(1)  昭和三十年二月一日朝、結城は、被告太平洋海運所有の自動車プリムスを操縦し丸の内方面に向うべく右電車通りを南進し、石原町一丁目交叉点に至る以前に菊池の操縦する自動車ビユイツクを発見して同車を追い越し、それ以後同交叉点を通過し本件交叉点に至るまで、同車の斜やや左前方に位置し、両車は雁行の形でともに時速約三十二、三粁で南進したこと。

(2) 結城は、菊池と郷里を同じくするのみならず、同人の援助によつて自動車の運転免許を得、かつ被告太平洋海運に就職することを得たもので、勤務先も同じ丸ビル内にあり、かねて熟知の間柄であつたが、本件当日前記のごとく菊池の操縦する自動車ビユイツクを追越すとき、いちはやくその運転者が菊池であることを知り、かつ、たまたま同人が助手席に若い女性を同乗させていたのを目撃しており、追越しの直後はもとより石原町一丁目交叉点を通過した後も、同車が依然として自車の斜右後方から追従進行してくることを感知していたのにもかかわらず、結城は、本件交叉点にさしかかるや、菊池の操縦する自動車ビユイツクの行動について顧慮するところなく、突如ハンドルを右に切つて右折し、菊池の操縦する右自動車の進路をふさぎ、その前方視野をさまたげる結果を招来したため、菊池をして、後記のごとく同車の運転をあやまらしめ、本件事故を惹起したこと。

(三)(1)  本件事故発生の当日朝、菊池は被告林兼造船所有の自動車ビユイツクの助手席に知人佐藤節子を同乗させ、同車を操縦し京橋を経て丸の内方面に向うべく前記電車通りを南進中、前記のように結城の操縦する自動車に追い越されたが、同車の運転者が熟知の結城であることを知つて、ことさらに同車に近接しそれ以後本件交叉点に至るまで、同車の斜右やや後方に接近したまま両車雁行の形でともに時速約三十二、三粁で南進したこと。

(2) 本件交叉点にさしかかるや、菊池は、先行車の動静を確めもせず、また警笛吹鳴による合図をすることなく先行車を追い越そうとしたところ、前認定のごとく、突如結城操縦の自動車プリムスが右折し、菊池の操縦する自動車の進路に立ちふさがり、その前方視野を妨げる状態となつたため、菊池は狼狽して急停車または最大徐行に移る等の措置をとることなく、漫然ハンドルを右に切り、都電軌道を越えして反対側車道に乗り入れたまたま同車道を反対方向から疾走して来た乗用自動車(後刻大塚の操縦する自動車と判明。)を斜左前方約十四米の地点に発見したが、これを避ける余裕なく、同車と激突したこと。

(四)  本件事故発生の当日朝、大塚は、飯野治助を被告品海自動車所有の自動車ルノーの後部客席に乗せ、同車を操縦して東武鉄道浅草駅に向うべく、右電車通りを時速約四十粁で北進し、都電墨田区役所前停留所脇を経て本件交叉点にさしかかつたのであるが、同交叉点を通過するについて前方の見透しに特段の妨げとなるものはなく、前方を注視しておれば、右停留所北端を通過後直ちに、本件交叉点に結城の操縦する自動車プリムスが右交叉点を横切るもののごとく進路を西方に転じていたのを認識しえたにもかかわらず、これに気付かず、そのため一時停車または最大徐行に移る等の措置をとることもなく、そのままの速度で進行したため、本所郵便局前において斜右前方約十米の距離に至つて始めて本件交叉点を右折しようとしている乗用自動車らしい黒影(後刻菊池の操縦する自動車と判明。)を発見したが、これを避ける余裕なく同車に激突したこと。

を認めることができ、甲第十三号証、同第十七号証の各供述記載、証人結城清三、同東海林勤、同菊池進の各証言中、右の認定に反する部分は措信し難く、他に右の認定を左右するに足る証拠はない。

2(一)  およそ自動車運転者たるものは、交叉点において右折進行するにあたり、他の自動車が自車の斜右後方を僅かの間隔をおき雁行の形で同一速度で追従しているのを知つている場合には、そのまま右折進行すれば後続車と接触衝突等の事故を発生するおそれあるばかりでなく、同車の進路に立ちふさがり、その前方視野を妨げて同車の運転をあやまらせ、不測の事故を惹起させる危険なきを保し難いから、これを避けるためには、右折にあたつて予め後続車が十分認識しうる程度に右折合図をするは勿論、後続車の動静に十分な注意を払い、同車の進路及び前方視野を妨げないよう一時停車するかまたは最大徐行に移る等の措置をとり、同車をやりすごすか、または同車が避譲する等の反応をまち、危険のないことを十分見極めた後に右折すべき注意義務があるものというべきところ、前示認定のように、結城は、本件交叉点を右折するにあたり、前記の注意義務を怠り、漫然ハンドルを右に切つて自車の方向転換をはかり、後続車たる自動車ビユイツクの進路に立ちふさがり、その前方視野を妨げ、菊池をしてその運転をあやまらせて本件事故を惹起したものであるから、結城に過失あるは勿論、本件事故発生について同人の右の過失も一班の原因をなしているものと判断せざるをえない。

(二)  また、およそ自動車運転者たる者は、自動車を操縦して他の自動車の後方から追従進行する場合には絶えず先行車の動静に注意し、同車の運転の変化に応じて自車を操縦できるよう速力の調節両車の間隔等に留意すべく、先行車を追い越そうとする場合は、警笛吹鳴による合図をなし、先行車をして追越し進行の事実を認識させ、その反応をまち危険の生ずるおそれのないことを確認した後、はじめて追越しを開始し、追越し中は、とくに制動及びハンドル操作を確実にして、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものというべきところ、前示認定のように、菊池は、先行車たる結城の操縦する自動車の斜右後方に近接し、同車と同一の時速約三十二、三粁で追従進行したのみならず、本件交叉点にさしかかるや、先行車の動静を確めもせず、また警笛吹鳴による合図をすることもなく、漫然先行車を追い越そうとしたため、同車の右折によつて自車の進路及び前方視野を防げられ、前方から進行し来ることのある自動車等との衝突を回避すべき適宜の措置をとりえず、本件事故を惹起したものであるから、菊池に過失あるは勿論、本件事故発生について菊池の右の過失も一班の原因をなしているものと判断される。

(三)  また、およそ旅客運送に従事する自動車運転者たるものは、運転中は絶えず前方を注視し、自車の進路上に現われる自動車等を速やかに発見し、それらの行動に即応して自車の方向速度を加減し、危険の発生を未然に防止すべき注意義務あることは勿論、信号設備のない十字路、交叉点を通過するにあたつては反対方向から進行して来る自動車等が、自車の前方において方向を転し、自車の進路を横切ることがないかどうかについて特に警戒し、そのような自動車があつた場合、いつでもこれを避けうる程度に自車の方向、速度を加減し、事態の緩急に応じ一時停車または最大徐行に移る等適宜の措置を講じ、衝突または接触等の事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものというべきところ、前示認定のように、大塚は、前方注視の義務を十分に尽さなかつたため、約十米という至近距離に至るまで本件交叉点を右折しようとしていた乗用自動車(菊池の操縦する自動車)を発見しえなかつたのみならず、本件交叉点を通過するにあたり、何ら自車の速度、方向を加減することなく、漫然時速約四十粁の高速度で進行したため、右発見後も適宜の措置をとりえず、本件事故を惹起したものであるから、大塚に過失あるは勿論、本件事故発生について大塚の右のを過失も一班の原因をなしているものと判断される。

以上認定のとおりであるから、本件事故は、結城、菊池及び大塚の右各過失の競合により惹起されたものであることが明らかであり、従つて右三名の共同不法行為というべきである。

三  結城、菊池及び大塚が、本件事故当時、いずれも運転手として被告太平洋海運、同林兼造船及び同品海自動車に雇われ、乗用自動車の運転の業務に従事していたものであることは当事者間に争いがなく、本件事故が結城及び大塚の右業務の執行中に発生したものであることも、原告と被告太平洋海運、同品海自動車との間において争いがない。証人菊池の証言によれば、本件事故は、菊池の出勤途上において惹起されたものであることが認められるけれども、自動車運転の場合は、運転ということ自体が「事業の執行」であり、出勤途上の運転といえども運転に変りなく、「事業の執行」というに妨げないから、本件事故は、菊池が被告林兼造船の事業の執行につき惹起したものというべきである。

従つて、各被告は、右三名の使用者として連帯して右共同不法行為による損害を賠償する義務がある。

四、そこで、進んで損害額の判断に入るのに、まず、成立に争いのない甲第一号証、同第十九号証の一ないし三、証人荒井清一の証言により真正に成立したものと認められる同第三号証の一ないし三、証人荒井清一の証言及び原告寿栄本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、原告等の先代飯野治助は、本件事故による死亡当時日光紙業株式会社の取締役社長の職にあり、同社から報酬その他で一ヶ月金四万五千円を支給され、所得税、都民税等を控除すると、月額金三万六千九百四十九円、年額金四十四万三千三百八十八円の実質所得があり、そのうち生活費にあてられる部分を控除して、純収益は年額金二十九万五千円を下らず、同収益額は、同人の生存期間中確実に期待しうるものであつたことをうかがうに足り、また、飯野治助は、本件事故による死亡当時満四十六才(明治四十年九月二十七日生)であり、健康体の男子であつて、本件事故がなければ将来二十四年間は生存する可能性のあつたことが認められるから、飯野治助は右期間内に少くとも一ヶ年金二十九万五千円の割合による純収益をうべかりしところ、本件事故による死亡のためこれを喪失するに至つたものである。

そこで、右金額に対しホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、残額は金四百五十七万円を下らないから、同金額が、すなわち、一時請求の場合の補償額にあたるものというべきである。かくて、右金額の損害賠償請求権が飯野治助について発生したものであるが、成立に争いのない甲第一号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、飯野治助の死亡により、原告寿栄は、右治助の妻として、原告貴敏、同雅康、同宜子及び同喜正は、いずれも右治助の実子として(飯野治助と原告等との間の続柄については原告と被告太平洋海運、同林兼造船との間においては争いがない。)、右治助の遺産を相続するに至つたことが認められるから、その相続分に応じ、原告寿栄は金百五十二万円、その余の原告等は各金七十六万円宛をそれぞれ下らぬ範囲で右損害賠償請求権を分割取得したことになる。

また、成立に争いのない甲第二号証、証人荒井清一の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第四ないし第六号証の各一ないし四、同第七号証の一ないし六、証人荒井清一および原告寿栄本人尋問の結果を綜合すれば、原告寿栄は、飯野治助の死亡に至るまでの治療費及び死体検案書交付手数料として合計金四万八百二十円、同人の葬式費用として合計金六万四千五百十五円を支出していることが認められ、右金額は相当のものと考えられるから、原告寿栄はそれと同額の損害を蒙つたものというべく、被告等は、同原告に対して連帯して右各金額の賠償をなすべき義務がある。

なお、原告等は飯野治助の妻または子として働き盛りの夫または父を失い、経済的にも精神的にも絶大な打撃を被つたことは、本件口頭弁論の全趣旨に徴しこれをうかがうに難くなく、原告等の地位、境遇その他の事情を参酌すれば、原告等は、右精神的苦痛に対する慰謝料として、原告寿栄に対しては金十万円、その余の原告等に対しては各金五万円を以つて慰謝されるべきである。

五  以上の次第であつて、右不法行為による損害賠償として、被告等各自に対し、原告寿栄は合計金百七十二万五千三百三十五円、その余の原告等は合計金八十一万円宛の支払を請求することができるのであるから、その内金として被告等各自に対し、原告寿栄において金百六十万円、その余の原告等において各金六十万円宛及び右各金員に対する前記損害賠償請求権発生の日以後である昭和三十年六月十二日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があるから認容すべきである。よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十三条、仮執行の宣言について、同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 磯崎良誉 市川郁雄 立原彦昭)

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